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福岡高等裁判所 昭和34年(う)461号 判決 1959年10月27日

控訴人 被告人 緒方光則 外一名

検察官 高橋道玄

主文

一、原判決中、被告人緒方光則・同舎利倉勝枝に関する部分を破棄する。

二、被告人緒方光則を懲役六月に処する。

三、被告人舎利倉勝枝を懲役三月に処する。

四、被告人舎利倉勝枝に対し、二年間右刑の執行を猶予する。

五、被告人舎利倉勝枝から金一万一五〇〇円を追徴する。

六、原審及び当審における訴訟費用は、全部、被告人両名の連帯負担とする。

理由

弁護人鶴田英夫が陳述した控訴趣意は、記録に編綴の同弁護人提出の控訴趣意書(但し、第四点の七及び第二点を除く。)に記載のとおりであるから、これを引用する。

第一、控訴趣意第一点の中、第一(被告人緒方光則に関する事実誤認)についての判断。

一、原判決が、「被告人緒方光則は、原判示議員選挙に際し、その候補者舎利倉清の為めに、その選挙運動全般の指揮を為し、その総括主宰者であつたもの」と認定の上、公職選挙法第二二一条第三項を適用して処断していることは、所論指摘のとおり、原判決文により明らかである。

論旨は、被告人緒方が総括主宰者であるとする原判決の認定を争うのである。

二、そこで、原判決が同被告人を総括主宰者であると認定する積極資料としたと考えられるものを、原判決の掲げる証拠の中から拾い上げてみると、

(1)  まず、同被告人は、「自分が総括主宰者であつた」旨警察・検察庁において供述していることがうかがわれる。すなわち、司法警察員に対する供述調書(記録三冊一五二二丁、一五三〇丁、一六一二丁等)、検察官に対する供述調書(三冊一六三〇丁)によれば、同被告人は、「自分は、候補者から選挙運動を頼まれたわけではないが候補者とは義兄弟(被告人緒方の妻は候補者舎利倉清の妻である被告人舎利倉勝枝の妹にあたる。)の間柄にあるので、候補者の選挙参謀格として、姉の勝枝と二人して、選挙運動の全般にわたつて一切の釆配をふるつた」旨の供述記載が認められ、

(2)  ことに、同被告人は、逮捕後三日目に当る昭和三二年五月二五日附の司法警察員に対する供述調書(三冊一五二七丁以下)によれば、運動員役割区域表と題する一覧表を作成して警察員に差し出していることが認められる。この表によると、

<省略>

と記載されていることが分る。

(3)  被告人の右供述記載あるいは右一覧表の記載と照応して候補者舎利倉清の検察官に対する供述調書(三冊一九四六丁)によると、「今度の選挙については、義弟の被告人緒方が中心となつて、妻の勝枝と二人で相談して、全般的のことをやつてくれたが、私がとくに頼んだわけではない。しかし、実際にやつてくれていたので、任せつきりにしておいた」旨の供述記載が認められる。

(4)  そこで、さらに進んで、原判示選挙における同被告人の地位・役割・行動等の実際を記録に基いて検討すると、

(イ) 第一に、選挙告示の直前である昭和三二年五月六、七日頃候補者宅で、被告人緒方・同舎利倉勝枝の外舎利倉政武・舎利倉淳の四名が、いわゆる選挙作戦会議ともいうべき会合をしたときの模様について、原判決の掲げる右四名の検察官に対する各供述調書によると、右四名が集つたその席上、被告人緒方は、社宅関係の選挙運動員予定者の名前を挙げ、『各運動員に金二、〇〇〇円づつ金を配つて運動を依頼しよう』と提案し、舎利倉政武を除いて、被告人舎利倉勝枝及び舎利倉淳の賛成を得て、いわゆる買収の謀議を遂げた

ことが認められ、

(ロ) 原判決の掲げる証拠の中、被告人両名の司法警察員・検察官に対する各供述調書及び舎利倉淳・平山武次・鳥居岩次郎・森川重利・川野正・尾上優・島岡清作らの検察官に対する各供述調書等によると、

被告人緒方は、前記謀議を実行に移す段階においても、自ら主となつて、右選挙運動員予定者に各二、〇〇〇円づつの選挙運動報酬を配り、原判示選挙運動期間(一週間)中、毎晩のように選挙事務所に詰めており、選挙人の名前を書き入れてある鉱山社宅関係の地図を用意しておいて、鉱山社宅関係の運動員から報告を聞く際、その運動員らに『同候補者に絶対確実と思われる票には○印、反対に、全然駄目だと思われる票には/印、手を打てば望があると思われる票には△印をつけてくれ』と依頼し、その中、△印のついた者の中から、金をやればものになると思われる者を選び出して被告人舎利倉勝枝と共謀して、この者に対する投票買収資金として、一票当り五〇〇円づつを封筒に入れて、右各選挙運動員に渡した。

このようにして、原判示のとおり、被告人両名が共謀して、選挙運動報酬あるいは投票買収資金として各選挙運動員に渡した一〇万円余りの現金の大半は、被告人緒方が、自ら各選挙運動員にその依頼をして手渡している

ことが明らかに認められるのである。

三、ここで、目を転じて、原判示議員選挙の規模・態様・地盤・候補者の経歴・選挙運動方法・得票数等、原判示議員選挙のいわば客観的状勢ともいうべきもの一般を、原判決の掲げる証拠及び原裁判所の取り調べた証拠に基いて概観するとき、

原判示議員選挙において、前記候補者は、第四区、すなわち旧佐須地区から立候補した新人であり、議員の定員七名のところに九名の立候補者が立ち、右候補者は、二八七票の得票を獲得して、第六位で当選した。そして、右第四区の有権者総数は、三、〇一〇票であり、その色分けは、大別して、東邦亜鉛対州鉱業所の従業員関係の票約八〇〇票、その余の約二、二〇〇票は一般農村部落関係者の票とに区別できる。

右候補者は、当該地区の出身で、昭和一六年頃から対州鉱業所に勤務し、立候補直前頃までの一年間は、同鉱業所従業員労働組合副委員長をつとめており、右従業員労働組合所属の各組合員が個人的に応援するという後だてがあつて出馬することを決意したものである。しかし、同候補者は、かつて地元の青年学校の指導員、農協役員、農業委員等を勤めた関係、あるいは、右鉱業所を地盤として他にも有力な一宮源太郎(同鉱業所総務課長)が立候補していた関係から、一般農村部落(有権者総数の約三分の二を占める)の縁故票もまた、選挙運動の対象、従つて、得票の予定に加えていたものと認められる。

そして、右候補者は、選挙運動期間の一週間、街頭演説と個々面接に重点を置いて選挙運動をなし、届出の選挙費用の総額は、ポスター代・新聞広告代・マイク代・茶菓代・弁当代等で約二一、〇〇〇円であつた

ことが認められる。

四、右選挙状勢を参酌しながら、二に記載した積極資料を検討すると、

(1)  被告人緒方が、候補者の妻である被告人舎利倉勝枝と共謀して、対州鉱業所関係者を対象に、総額一〇万円以一の現金を配つたことは、前記のとおりであるが、右現金の供与・交付に関する限り、被告人緒方と被告人舎利倉勝枝両名間に、一方が他方の上位を占め、指揮する立場にあつたものと認めることは困難である。

なるほど、被告人両名を含む四名が集つた、前記のいわゆる選挙作戦会議ともいうべき会合の席上、現金を配ろうと提案し、かつこの会合での主導権を握つていたと認められる者は、他ならぬ被告人緒方であり、この方針を実行に移す段階において、現金一〇万円余の大半は、被告人緒方の手を通じて各選挙運動員に手渡したことは、前記のとおりである。さらに、被告人緒方は、鉱業所社宅関係の運動員からの報告を徴し、いわゆる票読みをしているが、これとても、買収との関連においてなされたものであることが明らかである。(これに反して、一般農村部落関係の票読みをしたことは、認められない。舎利倉政武の司法警察員に対する供述調書は信用できない。)被告人緒方が、このように、いわゆる買収について、主導権を握つていたことが認められるのであるが、それだからといつて、同被告人が、被告人舎利倉勝枝に比べて、その上位を占め、これを指揮する立場にあつたものと認めるには未だ足りないものというべきである。

(2)  つぎに、被告人緒方が関係した選挙運動の種類・範囲は、右のとおり、選挙区中の一部である対州鉱業所関係者の票だけに限られていること及び違法な選挙運動に限られていることを指摘することができる。

農村部落関係者への選挙運動を担当したと認められる主な者は舎利倉政武であると、一件記録上認められ、被告人緒方が、農村部落関係者への選挙運動を直接担当したと認め得る証拠は全く見当らない。かつ、右舎利倉政武の司法警察員・検察官に対する各供述調書をもつてしても、未だ被告人緒方が、舎利倉政武を指揮した形跡は全く見当らない。その他このことを認めるに足る証拠は一件記録上存在しない。

(3)  被告人緒方が、前記候補者自身から選挙運動を依頼された事実は、証拠上認められない。なお、同被告人が、右候補者が自ら担当して力を注いでいたと認められる街頭演説や個々面接の選挙運動に関知していたことは、証拠上認められない。

五、このように見てくると、被告人緒方が、たとえ警察あるいは検察庁で、自己が総括主宰者であつた旨を供述しているとしても、同被告人のなした選挙運動の種類・範囲、役割・地位・立場についての比較検討、候補者とのつながり等を選挙状勢一般を参考にしながら総合して考察するとき、原判決の掲げる証拠をもつてしては、未だ被告人緒方を総括主宰者と認定するには不十分というべきである。当裁判所における事実取調の結果によつても、この認定を左右するに足る証拠を見出すことができない。

むしろ、候補者舎利倉清は、原審第七回公判廷で「選挙についての総責任者は自分である」と供述していることが、右公判調書の記載によつて認められるが、一件記録に現われたすべての情況を検討するとき、この供述記載こそ、採用に値するものとの結論に到達せざるを得ない。

それにもかかわらず、原判決が被告人緒方を原判示議員選挙における選挙運動を総括主宰した者と認定したのは、事実を誤認した違法があるというべきであり、この誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決の中同被告人に関する部分は、全部破棄を免れない。論旨は理由がある。

第二、控訴趣意第一点の中、第二(被告人舎利倉勝枝に関する事実誤認)についての判断。

一、原判決が、「被告人舎利倉勝枝は、原判示選挙に際し、候補者の為めに、その選挙費用全部の出納を為し、その出納責任者であつたもの」と認定の上、公職選挙法第二二一条第三項を適用して処断していることは、所論指摘のとおり、原判決文により明らかなところである。

論旨は、「被告人舎利倉勝枝を出納責任者と認定した原判決には、採証法則に反する違法もしくは事実誤認の違法がある。」と主張する。

二、(1)  原判決の掲げる証拠の中、厳原町選挙管理委員会委員長の検察官に対する昭和三二年(以下、原則として、昭和三二年を省略し、単に月日だけで表示することとする。)五月二五日附回答書(一冊八五丁)と舎利倉清の検察官に対する六月二二日附供述調書(三冊一九四五丁表)によれば、「原判示町議会議員選挙に当つて、その候補者舎利倉清は、立候補届出と同日の五月一一日、自ら出納責任者となる旨届け出ている」ことが極めて明らかであるとともに、「その後における出納責任者の異動のなかつた」こともまた一件記録上明らかである。

(2)  ところが、被告人舎利倉勝枝に対する起訴状(一冊二八丁)によれば、その冒頭において、「同被告人は、事実上出納一切の掌に当つていたものである」と記載され、その罪名及び罰条の欄に、公職選挙法第二二一条第三項を掲げているとともに、原判決の掲げる関係証拠の中にも、同被告人の検察官に対する六月二〇日附供述調書(三冊一七七三―四丁)によると、右と同じ趣旨の供述記載が認められる。

(3)  従つて、右の(1) と(2) に記載したところを参酌して原判決文を読むならば、原判決が「被告人舎利倉勝枝が出納責任者である」旨認定判示した趣旨は、公職選挙法第一八〇条第三項に基いて、当該選挙管理委員会に届出のなされた出納責任者は、候補者本人であつて、右被告人ではないが、同被告人が事実上の出納責任者であるという意味のものであることが、容易に理解できるのである。

三、(一) そこで、まず、公職選挙法(以下単に法という。)第二二一条第三項にいわゆる出納責任者のうちに、原判決のように、事実上の出納責任者が含まれるものであるかどうかを検討することとする。

(二) 出納責任者の意義について。

(1)  法第二二一条第三項にいう出納責任者の意義を考えるに当り、公職選挙法の罰則規定を通覧するとき、出納責任者という文言は、各処に散見される。すなわち、第二二一条・第二二二条・第二二三条の各第三項(買収及び利害誘導罪)、第二二三条の二第二項(新聞紙・雑誌の不法利用罪)、第二二四条の二第二項(おとり罪)、第二四七条(選挙費用の法定額違反)、第二五一条の二第一項・第二項(当選無効)、第二五三条の二第一項(刑事事件の処理)、第二五四条(当選人等の処刑の通知)等に現われている。しかし、出納責任者の意義・定義については、公職選挙法上明文が存在しない。ところで、右各条文に現われた出納責任者の意義を各別異に解釈しなければならない合理的な根拠も見出し難いところであるから、法第二二一条第三項にいわゆる出納責任者の解釈に当つても、右各条文すべてに妥当するよう統一的に解釈すべきであると考える。

(2)  公職選挙法は、出納責任者の選任・届出・地位及び職務その他について、第一八〇条にはじまつて第一九一条までの一〇ケ条以上の規定を設けている。そこで、まず、これらの規定の内容を同法の罰則規定と関連させながら考えてみると、

(イ) 第一八〇条から一八三条の二までの五ケ条は、順次出納責任者の選任と届出、解任と辞任、異動、職務代行、届出の効力発生について規定しているが、しかし、これらの規定に対する罰則は、いずれも設けられていない。

(ロ) 第一八四条は、出納責任者又は職務代行者は、選任・異動等の届出がなされた後でなければ、選挙運動のために公職の候補者のため寄附を受け又は支出をすることができないと規定し、第一八七条第一項は、選挙運動に関する支出は、原則として、出納責任者でなければすることができないと規定し、

右各条項に違反した者は、それぞれ第二四六条第一号・第四号によつて処罰を受ける立前になつている。ところで、投票買収費や運動報酬等の違法な選挙運動費用の支出は、第二二一条の罪を構成することが明らかであることから考えて、及び第一八五条(会計帳簿の備付と記載)・第一八八条(領収書等の徴収と送付)・第一九九条(収支報告書の提出)等の前後の規定の関連から考えて、右第一八四条あるいは第一八七条にいう選挙運動に関する支出とは、適法な選挙運動費用の支出を意味し、買収費等の違法な選挙運動費用の支出はこれに含まれないことが分る。このことも、出納責任者の語義の解釈に当つての一参考になるものと考える。

(ハ) 第一八五条から第一九一条までの規定(但し、前出第一八七条を除く。)の六ケ条は、出納責任者の地位及び職務について規定する。

これらの規定によつて、出納責任者としては、

会計帳簿を備え、所定の事項(選挙運動に関するすべての寄附及びその他の収入並びに支出)を記載すること(第一八五条)、選挙運動に関するすべての支出について領収書その他の支出を証すべき書面を徴すること(第一八八条)、選挙運動に関しなされた寄附及びその他の収入並びに支出について所定の報告をすること(第一八九条第一項)、出納責任者の辞任・解任の場合の事務引継(第一九〇条)、帳簿及び書類の保存(第一九一条)

をしなければならないことをそれぞれ命ぜられているとともに、これらの各規定に違反した場合には、それぞれ第二四六条第二号及び第五号から第七号までの規定によつて処罰される立前となつている。

(3)  要するに、公職選挙法は、選挙運動に関する収支についての責任を明らかにするために、公職の候補者が出納責任者一人を選任して届け出なければならないものとし、もつて、選挙運動に関する収支についての一切の権限と義務を挙げて右出納責任者に負わせることとしていることをうかがうことができる。出納責任者の身分が、あるいは刑の加重原由ともなり、あるいは当選無効の原由ともなり得るのは、右の法意から理解されるべきである。そして、法は、出納責任者の各種職務・義務を各個別に具体的に規定し、もしこれに違反したときには、その義務違反を個別的にとらえて処罰する立前をとつているのである。

このように見てくると、法第二二一条第三項にいう出納責任者とは、同法第一八〇条あるいは第一八二条により、出納責任者として選任・届出のなされた者をいい、同出納責任者には右選任・届出のない事実上の出納責任者を含まないと解すべきである。

(三) ひるがえつて、本件について考えると、法第一八〇条第三項により、当該選挙管理委員会に届けられた出納責任者が候補者舎利倉清本人であることは上記説示のとおりである。そして、原判決の認定によれば、被告人舎利倉勝枝は、事実上の出納責任者であるというのであるから、同被告人は、法第二二一条第三項にいう出納責任者に当るものではないというべきである。それにもかかわらず、原判決が、同被告人を右条項にいう出納責任者であるとして処断したのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな、法の解釈適用を誤つた違法があるから、原判決の中、同被告人に関する部分は、全部破棄を免れない。論旨は理由がある。

第三、控訴趣意第三点(法令の解釈適用の誤)についての判断。

一、原判決が、被告人舎利倉から金一万一五〇〇円を追徴し、その理由として、「被告人舎利倉において返還を受けた、原審相被告人真木一男の収受した利益たる金一万円、淵上行徳の収受した利益たる金一〇〇〇円、平山武次の収受した利益たる金五〇〇円の合計一万一五〇〇円の没収のできないことが、証拠上、明白であるから、公職選挙法第二二四条に従つて、右価額を追徴する」旨説示していることは、所論の摘示するとおりである。

二、公職選挙法第二二四条にいわゆる「前四条の場合において収受し又は交付を受けた利益」は、没収し、又は追徴するとは、収受し又は交付を受けた者から没収又は追徴する趣旨であることは、所論のとおりである。しかしながら、その利益が、収受し又は交付を受けた者から供与者又は交付者に返還せられた場合においては、その供与者又は交付者から没収又は追徴する趣旨の規定でもあると解するのが相当である。というのは、選挙運動もしくは投票の報酬としていつたん授受された利益又は価額は、常に国庫に帰属させ、その授受者をして犯罪に関する利益を保持し、又は回復させないというのが、法の精神であるからである。(大審院刑事判例集九巻一一号七七二頁、最高裁判例集一〇巻九号一三二五頁参照)

三、そうしてみると、原判決が、被告人舎利倉において、相被告人緒方光則と共謀の上、原審相被告人真木一男・淵上行徳・平山武次に供与あるいは交付した選挙運動もしくは投票の報酬金が、その後になつて、これらの者から被告人に返還されたものと認定し、この返還された金一万一五〇〇円を返還を受けた被告人舎利倉から没収することができないため、右法条に従つて、その価額の追徴を言渡したのは極めて正当である。原判決には、所論のような法令の解釈適用を誤つた違法は全く存在しない。論旨は理由がない。

第四、破棄自判。

以上の理由により、量刑不当に関する論旨についての判断を省略して、刑訴法第三九七条第一項を適用して、原判決を破棄した上、同法第四〇〇条但書に従い、本件についてさらに判決する。

一、罪となるべき事実。

当裁判所の認定する犯罪事実は、原判決中、理由の冐頭において、被告人両名のなした選挙運動についての説明箇所中、被告人緒方に関して、

「その選挙運動全般の指揮を為し、その総括主宰者であつたもの」

との部分を削り、

被告人舎利倉に関して、

「その選挙費用全部の出納を為し、その出納責任者であつたもの」

との部分を削り、

いずれも右箇所に、

「その選挙運動を為し、その選挙運動者であつたもの」

と各挿入して、訂正する外、すべて原判決と同一であるから、原判決中、被告人両名に関する部分をここに引用する。

二、証拠の標目。

原判決挙示の各証拠を引用する。

三、法令の適用。

(一)(1)  被告人緒方の原判示第一の(一)

被告人舎利倉の原判示第一の(一)及び同第二の各所為は、

(イ) 立候補の届出前に選挙運動をなした点は、いずれも、公職選挙法第一二九条に違反し、同法第二三九条第一号・刑法第六〇条(但し、舎利倉の右第二の所為については、刑法第六〇条を適用しない。)

(ロ) 選挙運動者に金員の供与をなした点は、いずれも、公職選挙法第二二一条第一項第一号・刑法第六〇条(但し、舎利倉の右第二の所為については、刑法第六〇条を適用しない。)

に該当し、

(ハ) 以上の各所為は、いずれも、一個の行為で数個の罪名にふれる場合であるから、その各所為について、

刑法第五四条前段・第一〇条

を適用して、重い選挙運動者に金員の供与をなした罪の刑をもつて処断し、

(2)  被告人両名の原判示第一の(二)の各所為は、

公職選挙法第二二一条第一項第一号・刑法第六〇条

に各該当するところ、

(この中、(6) の一括供与・交付の所為は、包括して供与の一罪であると解する。)

(3)  以上の各罪について、懲役刑を選択し、

刑法第四五条前段の併合罪の関係にあるから、同法第四七条本文・第一〇条

により、犯情の最も重い原判示第一の(二)の(2) の罪の刑に法定の加重をなした刑期の範囲内で、

被告人緒方を懲役六月に、同舎利倉を懲役三月に各処し、

(二)  被告人舎利倉に対しては、情状により刑の執行を猶予するのが相当であると認めるので、刑法第二五条第一項を適用して、本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、

(三)  被告人舎利倉において返還を受けた、原審相被告人真木一男の収受した利益金一万円、淵上行徳の収受した利益金一、〇〇〇円、平山武次の収受した利益金五〇〇円、合計金一万一五〇〇円の各没収ができないことが、証拠上明らかであるから、公職選挙法第二二四条に従つて、右被告人から右価額を追徴し、

(四)  原審及び当審における訴訟費用は、刑訴法第一八一条・第一八二条により、全部被告人両名の連帯負担とする。

以上の理由により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井亮 裁判官 中村荘十郎 裁判官 横地正義)

被告人の控訴趣意

第一点原判決が、被告人緒方光則を選挙運動の総括主宰者、同舎利倉勝枝を出納責任者と認定して公職選挙法第二百二十一条第三項を適用処断したのは、判決に影響することの明らかな事実誤認の違法あるものと思料する。

なる程右両被告人の司法警察員並びに検察官に対する供述調書の各記載によれば、自己が総括主宰者或は出納責任者であつた旨の供述や、その立場にある者にふさわしいと思われる運動行為の一部を為したことの供述記載が存在する。しかしながら、右両名とも原審公判においては、司法警察員並びに検察官の取締を受ける当時、総括主宰者及び出納責任者の法律上の意義を知らず、取調に当つた警察官の誘導や押しつけによつて、よく理解しないまま、右用語を使わされ或は自己の真意に反して事実と異る供述記載を承認した旨を主張し、いずれも総括主宰者、出納責任者であつたことを否認しているのである。

仍つてこの点について検討するに、

第一、被告人緒方について

一、被告人緒方は、その検察官に対する三二年六月一九日供述調書第九項によつても窺われる通り、本件違反事件については、なるべく他の関係者に迷惑を掛けないように、始めは交付金額も少額にし、関係者の範囲を狭くして、自分が責任の衝に当る積りで取調を受けて来たのである。従つて自己の責任が重くなるような事項については、事実の有無に拘らず自己の行為としてこれを承認して来たことが推定できる。従つてこの種行為についての供述記載は必ずしも真実であるとは認め難い根本的理由がある。

二、緒方が取扱つた金銭は、買収費その他違法な支出費用に限られており、適法な選挙費用の支出には全然関与していない。同人が総括主宰者であるとすれば、金銭の支出には全然関与しないか、その全部に関与するか、或は適法な支出のみに関与するかその何れかである筈である。総括主宰者が自ら買収その他の違法行為を担任するということも、違法支出の衝に当つて自らこれを取扱つておりながら、適法な費用の支出についてはその取扱に当らないのみならず、之に何等の容喙も関与もしていないのは尚更不自然であつて、総括主宰者としてはあり得べからざることである。

三、緒方の関係した選挙運動の範囲が、対州鉱山関係者を相手とするしかも違法運動に限られている。この選挙は旧佐須地区の全域を選挙区域として行われ、舎利倉候補の選挙運動も勿論全地域の総ての部落に亘つて行われているのに、緒方が運動したのはその内の、鉱山社宅の存在する一部分即ち大板、経塚、床谷、樫根及び小茂田の五部落に限られ、しかもこれ等部落の一般農家への運動には一切関与せずして鉱山社宅に居住する有権者に対する運動だけをしているのである。

この鉱山社宅相手の運動については、同人が同鉱山の勤務者であり且候補者とは義兄弟であるという関係上、主役を演じた為め、取調上恰かも総括主宰者であるかの如き取扱を受けたことが肯ける。しかし当該候補者の選挙運動全般に関する計画、指揮或は監視等の任に当らない総括主宰者なるものがあるべき筈はない。

四、被告人緒方は、義姉勝枝から依頼されて、同人と協議の上対州鉱山関係者を対象とする裏面運動の主役を勤めているが、候補者自身から選挙運動を依頼された事実が認められない。これは緒方が所謂他郷者であつて、対州鉱山に勤務のため数ケ年此の地に居住しているに過ぎず、土着の人に縁故が薄く、一方鉱山関係においても先に有力な総務課長の一宮源太郎が立候補を決定表明して運動をしているため、茲に多くの得票を期待することはできない関係上、この事情を知悉し且部落票に重点を置いた候補者が、被告人緒方を総括主宰者として依頼することの不利益を知つて、依頼しなかつたものであつて、至極当然のことである。同人は原審で証人として、緒方が関係した範囲は鉱山の一部分であつて縁故票には全く無関係である旨証言している。

五、緒方は、対州鉱山においてその上司に当る一宮源太郎が立候補しているのに、仮令義兄に当るとは云え舎利倉候補のため、その選挙運動の総括主宰者として活動することは、緒方としても対州鉱山の療養所に勤務する舎利倉候補としても憚かられることであり、名実いずれにしても、緒方を総括主宰者とすることは有り得べからざることに属する。

六、緒方には選挙運動の経験もなく、年令も若く、前記鉱山会社における立場は別としても、社会的地位、性格、人物等から視るも総括主宰者としての適任者と認められる人ではなかつたのである。原審証人斎藤公平も、緒方は選挙運動における参謀格かとの問に対して「緒方としては総務課長が立候補しているがそれに気兼ねし乍ら清の運動をしていたと思います、私が見た所では同人はそういう経験はない人で事務員としては有能だが比較的に温和しい人であつて、そんなことに積極的にやれるかどうか疑問に思います」と、その適格性を否定している。

七、その他原審証人の証言に表われた緒方に関する事実で、同人が選挙運動の総括主宰者であつたことを推認し得るものは存在せず、却つて、部落関係の長瀬儀一郎、三山徳次郎、舎利倉政武、或は西村幾太郎等が、候補者から直接選挙運動を依頼された事実上の総括主宰者と称し得べきも、被告人緒方は総括主宰者でなかつたことが認められる証言が多い点から視ても、同人が総括主宰者たる活動をしていないことが判る。

八、被告人緒方が書いたものとされている選挙運動員の役割表なるものは、原審証人江頭和久は緒方被告人が書いたものである旨述べているが、最初被告人が書いたものに、証人の指図により上の二段を書き加えさせられたことが争いとなつていることが認められ、被告人は右証人の強要を感じて良く知らない儘、候補者とのつながりがない役割表は系統図になつていないという右証人の指図に従つてその通りの記載をしたものだと述べているのである。(原審被告人供述参照)

また選挙の前後を通じての票読み等は、選挙運動者の誰でもが自己の予想や観測などによつて記載するものであつて、総括主宰者だから書くというようなものではない。

これ等争われている薄弱な証拠を以て、被告人緒方が総括主宰者たることの認定資料とすることは極めて危険である。

第二、被告人舎利倉について

選挙について経験もなく関心も薄かつた田舎の婦人として、被告人舎利倉勝枝が、出納責任者の何たるかを解せなかつたというのは尤もなことである。夫である清の当選を冀うの余り違反行為をも敢てした右被告人としては、選挙違反の取調べを受けるに当り、只管主人に累を及ぼさないことをのみ心掛けるの余り、金銭上のことは総て自己の責任とするため、事実に反する供述をも辞せなかつたことは、容易に肯認せられることであり、司法警察員及び検察官に対する供述調書中の此の種事項に属する供述記載の真実性は極めて乏しいものと謂わねばならない。

右被告人の原審公判における供述及び証人舎利倉清の証言によれば、被告人方においては、平素から金銭の保管は主婦である被告人が之に当り、家事上のことは自らその支出を為し、仕事上のことは必要に応じて、主人たる清が被告人に命じて自己に交付させ或は直接支払を為さしめていた事実、本件選挙に関する費用も、一旦被告人の保管に属したものを、必要の都度或は予め予想せられる必要額を候補者清が被告人から受取つて自ら支払をしていたこと及び選挙費用の収支の計算、報告等の法令上必要な事務に被告人が全然関与していない事実が認められる。即ち、被告人自身も極めて誤解し易い状態にあつたことと、選挙費用に関する出納の直接の衝に当つた者は候補者清自身であつたことが認められるのである。初めの頃被告人勝枝が選挙のことに喙を入れ過ぎるという一部の者の非難もあつて、勝枝は専ら被告人緒方と共に違法な選挙運動費用の支出のみについて責任者の地位にあり、公の選挙費用のことには関与させられなかつたことも関係者の供述によつて明らかである。而して本件違反行為が被告人緒方と同勝枝のみの合作になる行為であつて、候補者清は勿論同人と密接な関連の許に、重視された部落票の獲得に当つた所謂参謀格の選挙運動者の全然あずかり知らない事項であつたこと、換言すれば、候補者舎利倉清の選挙運動として一般に取り入れられた運動方法ではなかつたことが原審においても承認せられている形である。従つて被告人が、ひそかに違法支出に関する支出の責任者となつていた事実を以て、選挙全般に関する出納責任者であつたとすることはできないのみならず、却つて、同人が叙上の立場にあつたという事実は、真の出納責任者ではなかつたことを証し得るものと謂うべきである。

以上の諸点並びに被告人緒方が総括主宰者であり同勝枝が出納責任者であつたことを認めるに足る事実について、同人等の、真実に反することを窺うに足る十分な理由のある自白の外、これ等の裏付となる証拠もなく、また実験則上不合理、不自然で無理であるのに、被告人緒方を総括主宰者、同勝枝を出納責任者と各認定した原判決には、採証法則に反する違法があり、仮に然らずとするも、重要な犯罪事実の誤認であると認められる。

第二点(撤回)

第三点原判決は、被告人勝枝から金一万一千五百円を追徴し、その理由として、「被告人舎利倉勝枝において返還を受けた相被告人真木一男の収受した利益たる金一万円、淵上行徳の収受した利益たる金一千円、平山武次の収受した利益たる金五百円、合計金一万一千五百円の(中略)各没収の出来ないことが証拠上明白であるから、公職選挙法第二百二十四条に従つて、(中略)右各価額を追徴し」と説示している。

しかしながら、右適用の第二百二十四条は、前三条により収受し又は交付を受けた利益は、収受し又は交付を受けた被告人から没収又は追徴する趣旨であつて、その後の行方を追及して、その終局的の受益者から没収又は追徴する趣旨をも含むものでないことは、転得者の行為、本件の場合では被告人勝枝が返還を受けた行為は、前三条に該当する収受でも交付を受ける行為でもないことから視て明らかである。即ち、原判決は、法令の解釈適用を誤つて科刑した違法がある。

第四点前記諸論の理由有無に拘らず、被告人四名に科せられた原判決の刑は、本件記録及び証拠上認められる左の事由に照し、いずれもその量定甚だしく重きに失するものと思料する。

一、被告人勝枝は候補者舎利倉清の妻であり、被告人緒方光則は右勝枝の妹の夫で候補者とは義兄弟の間柄であり、いずれも候補者の当選を切望することは人情の然らしめるところであつて、両名とも、この是非当選させたいという切なる人情によつて選挙運動に関与したものであり、ただこの情熱だけが被告等を支配していたのであるから、その当選を得せしめるための運動には、極めて些細な誘因にでも引き込まれて手段を選ばない行過ぎを生ずる可能性があつたものであり、両被告人は、次に述べるような事情から、人情上溺れ易いこの陥穽に陥つたことは寧ろ同情せらるべきである。

二、候補者清は、旧佐須地区が厳原町に合併せられたために初めて行われる同町議会議員の選挙に際して立候補したい希望があつたが、家庭の事情を考慮して決意し兼ね、瞹昧な態度で日時を経過し、その告示(昭和三十二年五月十一日)間際の同月初旬に至つて漸く立候補の意思を決定したのであるから、所謂立ち遅れの状態にあり、選挙に関する準備も整つておらず、選挙運動者たるべき人や有力な有権者との連絡関係もできておらない状態にあつて、予て立候補の意を明らかにして選挙に備えていた他の候補者に比して甚だしく不利益な立場にあつたことが、被告人等を焦慮せしめ、何とか無理な運動でもしなければ当選覚束ないものと感ぜしめたのである。

三、右被告人両名とも、曽て選挙運動に関与した経験がなく、只単に世間の噂や新聞紙上等で、在来の我が国の選挙が決して理想的に公明な運動によつて行われているものでなく、買収その他法令の禁止する費用の支出額の多寡が当選を左右する主因を為すものであるかの如き概念上の支配下にあつたもので、このことが容易に被告人等をして運動報酬や買収費等の不法支出に就かしめるに至つたものであつて、これを責むるに急なるは、濁世に独り清きを求むるに均しき無理がある。

四、候補者舎利倉清が立候補を決意した五月五、六日頃は、告示の直前で既に「他の立候補する噂の人達は盛んに裏面運動をやつておつた様子」があり(勝枝の昭和三二、六、一一日検供第四項)、「立候補を噂されている人達は花見と称して他人に随分振舞つてやつておる様子だが此の儘放つておいてよいだろうか。花見等が良い機会だから手をつけた方が有利ではなかろうかというような話」が耳に入るのと(同三二、六、一五日検供第二、三、四項)、対州鉱山の診療所に勤務している候補者の清としては、当然同鉱山関係の票も一部の目的にしているのに、同鉱山からは総務課長の一宮源太郎が早くから立候補の意思を表明して会社の許可を得て運動も相当行き届いているので、この強敵を相手に普通の運動では到底鉱山関係の票を獲得することは至難な状勢にあり、「経塚、大板の運動員達は当日も私に舎利倉の方は立遅れになつている、他の候補者は金を撒いたりしているのに、このままでいいかという様に暗に金を要求する」態度で迫る者もある等の目前直接の誘因もあつて、被告人等をして本件犯行に及ばしめたものである。

五、被告人等はやむにやまれない事情の許に本件違反行為に及んだのであるが、既に十分反省悔悟していることは、各検察官に対する供述調書により認められる。就中緒方においては、自分等をこういう破目に引き入れた一般選挙界の現状をにくんで、粛正の必要を痛感し、自ら改悛の実を示すと共に関係者一同に訴えて犯行の自白を勧めている位である。(昭和三二、六、一九日検供第九項参照)

六、以上のように、被告人等の夫を思い義兄の為めにするという純情が、普遍的に腐敗せるものとせられている選挙運動の実情を背景として、立遅れの不利益な立場から浮び上らねばならない焦りと、先行する他候補者により示されている目前の実例とが相俟つてもたらした現実の必要性に抗しきれず、本件違反行為を産むに至つた次第で、聊かも私利、私慾の念に出でたものでなく、寧ろ未だ廓清せられざる社会の共同責任に帰せしむべき多くの理由ある現選挙界の有りふれた一現象であることに思を致せば、右被告人両名に科した原審の刑の量定は人情と世態に目を蔽うた重刑と謂わねばならない。

殊に被告人緒方については、体刑の実刑に処せられることは、当然に対州鉱山における退職を伴い、一家の生計の途をも奪われる重大な打撃となるのであるから、更に苛酷な処刑に該り、その犯情に相応する妥当な刑とすることはできないのである。

七、(撤回)

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